Gentle her, him who gazes



エミリー・ホワイトリーは、びっくりするほど感情が顔に出やすい。

ハリントン学園にクラスメイトとして通っていた時分から薄々そう思ってはいたが、紆余曲折を経てホワイトリー家のフットマンとなってからは、さらにその印象が強まった気がする。

怒る、悲しむ、喜ぶ、拗ねる・・・・そしてとびきりの笑顔。

くるくると変わる表情は、元来感情を殺し他人にそれを悟られないようにして生きてきたジャックにとっては万華鏡のように目まぐるしく、けれど目が離せないのだ。

そんな彼女の、今日の表情はというと ――

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

珍しく長い沈黙が落ちているホワイトリー家の馬車の中で、ジャックは向いに座るエミリーを見た。

見慣れた制服姿でも、友達と出かけるようなドレスでもなく、少し大人びたデザインのワンピースに身を包んだエミリーはいつもより少し女性らしさが増している様に見える。

(・・・・アレがなけりゃ、文句なしに・・綺麗、なんだけどな。)

そう心の中で呟いてひっそりとため息をついたジャックの目線の先にあるのは・・・・エミリーの眉間にきっちり刻み込まれた深い皺だった。

いつもは朗らかな表情を浮かべているエミリーだが、今の顔はその皺に代表されるように分かりやすく強ばっている。

常々顔に出やすいタイプだと思ってはいたが、今の表情など目に見えて「緊張しています!」と訴えているようなものだ。

その表情の理由もわかっているだけに、なんとも声がかけにくかったが、このままこうしているわけにもいかない。

出掛けにペンデルトンに急に呼ばれて馬車に押し込まれたのはこのせいだったのか、と今更ながら思いつつも、ジャックはとりあえず口を開いた。

「・・・・お嬢様。」

「・・・・・・・・・・・・」

無反応。

というか、何か物思いにふけっている時の癖である右手の拳を唇へと当てる仕草をしているあたりを見るに、何か考え込んでいて聞こえていないようだ。

(もう少しインパクトがないと、だめか。)

そう考えて少し迷った後。

「おじょ・・・・エミリー。」

「・・・え、あ!?何?」

普段、フットマンとして仕事をしている時は呼ばないファーストネームで呼びかけると、さすがに驚いたのかエミリーが半拍あけて顔を上げた。

綺麗に編み込んだストロベリー・ブロンドがふわりと揺れて、空色の瞳に自分がやっと映った事に無意識にジャックはとても満足して、すぐに妙に気恥ずかしくなって半端に目線を逸らした。

「どうかしたの?ジャック。名前で呼んでくれるなんて・・・・。」

「・・・・お前が気が付かないのが、悪い。」

「え?もしかして呼びかけてくれていた?」

「ああ。」

「そうだったのね。・・・・ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて・・・・。」

最後はがらがらという車輪の音に紛れそうなぐらいの声でそう付け足して、また眉間に皺を寄せるエミリーにジャックは小さくため息をついた。

「・・・皺。」

「え?」

簡潔な言葉だけ告げてジャックはエミリーの眉間に指を伸ばす。

触れるか触れ無いかの位置でジャックの指が来た所で何を言われているか気が付いたらしいエミリーが、ぱっと両手で眉間を隠した。

「!皺、寄ってた?」

「ああ。しっかり。」

「〜〜〜。」

ジャックが頷くと、エミリーの眉がへにゃっとさがる。

さっきまでの物思いの表情とはうってかわって、今度は「恥ずかしい」と書いてあるような顔。

うっすらと薔薇色に染まった頬が、妙に可愛くてジャックは鼓動が大きく鳴ったのを誤魔化すように言った。

「・・・・お前、緊張しすぎだ。」

「だ、だって・・・・。」

おそらく本人にもその自覚はあったのだろう。

ジャックの指摘にエミリーは困ったような顔をして言った。

「だって、私が上手く謎を解ければ、もう一つ孤児院を建てられるかもしれないのよ?」

―― そう、今日のエミリーの外出は、ただ慣れない家にお茶会に招待されたというだけではない意味があるのだ。

ジャックの件があって以来、イーストエンドの貧困対策と福祉に力を入れるようになったエミリーだが、当然、それには莫大な資金がかかる。

ホワイトリー家の財産も相当のものではあるが、こういうものは一人でやってもただの自己満足にすぎない。

より多くの人を巻き込んで、沢山の資金と、それを見つめる人々の目を増やす事が重要なのだ。

というわけで、エミリーもイーストエンドに学校や施設を建てる算段をする傍ら、貴族社会に援助と関心を訴えていた。

そんな時に届いたのが、今日向かっている屋敷の、とある男爵からの招待状だったのだ。

差出人は面白い曲者と評判の貴族で、女王陛下の探偵であるエミリーに自分の屋敷で起こったちょっとした事件の真相を見抜いたら、相応の寄付をしようというご招待だった。

「変わった奴だよな、そいつ。」

件のお茶会の招待状が入ったエミリーのレティキュールにちらりと視線を向けてジャックは言った。

その遠慮のない言いようにエミリーは苦笑する。

「御自分の財産を投じるだけの価値があるか見極めたいのだと思うわ。お一人でかなり財をなしたと聞いているもの。」

貴族の中にも自分の財産惜しさに様々な理由をつけて寄付などを断る者が多いのは知っていた。

(そういう連中よりは、ましってことか。)

時にはろくでもない理由で寄付を断られ、その度にエミリーの表情が曇るのを歯がゆい思いで見ているだけに、こうして機会という形を与えられるのは彼女にとっては悪くないことなのだろうと思う。

まあ、ジャックにとってみれば、エミリーの笑顔を曇らせている時点では、同罪なのだが。

などと考えていたら。

「・・・・ジャック。」

呼びかけられて、知らずに逸らしていた視線を戻すと、エミリーの空色の瞳とぶつかった。

さっきまで眉間に寄っていた皺は今はなく、かわりに柔らかな笑顔を浮かべているその姿に、にわかに鼓動が早くなる。

「ありがとう、ジャック。心配してくれたのよね?」

「・・・・・・・・・ああ。」

一瞬、見惚れていたジャックは小さく頷いた。

すると、エミリーが嬉しそうにふふっと笑う。

「?」

「ごめんなさい、ジャックも大分わかりやすくなったなあって思ったの。」

「俺、が?」

意外な事を言われてジャックは驚いた。

それを見ていたエミリーが、「ええ!」と大きく頷く。

「前は表情が少なかったから、何を考えているのか不安になることがあったけれど、今はちゃんと心配してくれているんだってすぐにわかったもの。」

「それは・・・・」

自分では自覚がさっぱりないため、一瞬言葉に詰まったが、もしそうだとするなら。

「・・・・お前と一緒にいるからだろ。」

「え?」

「お前、呆れるぐらい顔にでるからな。ずっと見てるうちに少しはうつったんじゃないか。」

「ええっと・・・・それって喜べばいいのかしら。それとも馬鹿にされている?」

そう言って真面目に困った顔をするエミリーに、ジャックはわき上がる笑みを隠さずに言った。

「さあな。」

「ええ!?」

はぐらかしたとも、肯定しているともとれる返答に目を丸くするエミリーには、もう緊張に強ばった表情はない。

ちらっとジャックは馬車の窓の外へ目を走らせた。

ペンデルトンに教えられた目印は過ぎているから、目的地はもうすぐだ。

「・・・・もうすぐ、到着のようです。お嬢様。」

口調を切り替えたジャックに、エミリーの表情に僅かな緊張が走る。

「そう、ね。」

ぎゅっと膝の上で握られた小さな手を見た時 ―― その手を取ったのは、衝動だった。

「?ジャック?」

右手を掬い上げられたエミリーが小さく首をかしげる。

正直、ジャックはエミリーが件の男爵の謎を解くだろうと確信している。

ホームズや明智ほどではないにしろ、エミリーの閃きと洞察力は探偵と呼ぶに相応しい。

けれど、今回はただ推理をしろと言われたわけではなくて、その後ろにイーストエンドの子ども達に繋がる希望があった。

(・・・・だから、緊張してたんだよな。)

誰かの事に一生懸命になれるエミリーだから。

そんな彼女に惹かれて、ずっと支えたいと思っているから。

そのありったけの想いを込めるように。















ジャックは、エミリーの右手の人差し指に、キスをした。
















「!?」

エミリーが大きな瞳を、さらにまん丸く見開くのと、馬車が減速したのは同時で。

ジャックが何も言わずにすっと身を引くと、ちょうど馬車がエントランスに入って動きを止める。

「着いたようです、お嬢様。」

「え、あ、はい・・・・。」

鳩が豆鉄砲を食らったような顔のまま、頷くエミリーにジャックはほんの少し口の端に笑みを乗せて、言った。

「・・・・お前なら、きっと解けるよ。俺もいつでも側にいるから。」

「!」

ジャックの言葉にエミリーがまた驚いたような顔をして・・・・すぐに顔いっぱいで笑った。

「そうね。そうよね!」

大きく頷くエミリーはいつも通りの眩しい笑顔で言った。

「ありがとう、ジャック。貴方がいれば私はなんだって出来るわ。」

無条件で寄せられるその信頼が少しくすぐったくて、でも妙に嬉しくて。

「それじゃあ、行きましょう!」

「ああ。」

力強く前を見すえたエミリーの手を一瞬握りしめて、ジャックは馬車の扉を大きく開いたのだった。

















                                               〜 END 〜













― あとがき ―
お嬢様エミリーと執事ジャックのラブラブとはまた違う視点を書きたくて書いた1作でした〜。